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ずっと最高のパパ     おさがり      

ずっと最高のパパ

 

「パパは、私が生まれたときから、ずっと最高のパパでした」

 急逝したマイケル・ジャクソンの追悼式の映像を観て、長女のパリスちゃんが涙をこらえながらけなげに語ったこの言葉に、思わずもらい泣きをしてしまった。これは、親として子どもからもらう最高の賛辞だろう。こうありたいものだと思う

 ただ、もうじきドイツに戻るよと電話をして、「えー、パパが帰ってくると、また家が散らかるなあ」と娘たちに言われる身としては、かなりハードルは高そうである。

 ところで、マイケルといえばキング・オブ・ポップスと呼ばれ、その音楽性はだれもが認める一方で、奇行で世間を騒がせ続けたスターだった。いや、最近はその奇行ぶりのほうがずっと喧伝されていたかもしれない。

 僕は一度、ベルリンでマイケルを見たことがある。町を歩いていて、きゅうにものすごい人だかりに遭遇して、なにごとだろうと近づいていくと、興奮した女の子たちがぴょんぴょん飛びながらホテルのバルコニーにむかって「マイクル、マイクー」と絶叫しているのである。

 

 

 

 すると窓辺で手をふっていた青年が、ふいに部屋にきえ、赤ん坊を抱いて出てきたのである。そのあと赤ん坊を手すりのあたりで、持ち上げて、ファンたちに見せた。

 だが、このことがスキャンダルになる。マイケルが赤ん坊を下にわざと落とそうとしたのだ、虐待だとマスコミに叩かれたのだ。

 マイケルは配慮が足りなかっただけだと弁明したし、その場の目撃者としては、確かにあれはただ「オレの子どもだよ、どう可愛いだろう」というノリで、ファンに見せただけだったと思う…。

 でも、毎年のように整形手術で顔を変えたりしていた奇行ぶりが、この頃からエスカレートしていったので、幼児虐待もマイケルなら虐待もさもありなんと思われてしまったところが不幸である。

 マイケルは、ジャクソン5の子ども時代からずっとトップスターでいて、振る舞いが、みなの常識とずれていたことはあったのだろう。それに皮膚病を患い外出時にはフードをかぶらなきゃならなかったし、火傷のあと常用していた痛み止めの副作用などもあったという。

 

 

 また自宅のわきに、一人で遊ぶために、千代田区と同じ大きさのプライベート遊園地をつくって世間を驚かしたりもした。

 だが本人からすればそれなりの理由があってしたことでも、一度先入観を持ってしまうと、マイケルのすることはなんでも「へん」に見えてくるのである。

 そこに、今回の追悼会での娘パリスちゃんの清らかな「最高のパパ」発言である。ああ、マイケルも娘に愛されていたパパだったんだ、とわかり、とたんに彼の奇行ぶりもいっぺんに吹っ飛んだ気がする。そしてそのとき彼が作ってきた音楽だけが、ピュアに僕の耳に届き始めた。ミュージックビデオを深夜、見たけれど「スリラー」や「ムーンウォーク」など、斬新で完成度も高く、あらためてすごいなと思う。

 ごめん、マイケル、僕も、ちょっと誤解してたかも。

 

 

 

(09年に急逝したマイケル・ジャクソン追悼として、浜松百撰に掲載したものです)

 

©Jun NASUDA2009