青熊ラジオ

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「モノを失くすヒト」
 
 ヒトは大別すると、モノを失くすヒトと失くさないヒトに分類できる。たとえばケータイがみつからずに、こっそり家の固定電話からかけて、チャララ~と着メロで探したりしているなんていうのは、これはもう立派に「モノを失くす」派のヒトですね。
 もっとも失くすといっても、たいていのものは「いつかそのうちに」出てくるものだ。
先日も、四歳の次女は、これがないと一人じゃ眠れないというとってもだいじな熊の「ベイビー」を幼稚園で紛失してきた。でも、彼女は、ママに「たずねぐま・わたしのベイビーをみつけて」と張り紙を作ってもらい一大捜査網を展開させ、二週間後ついにみつけて、ちゃんと家に持って帰ってきたのである。
ところが、モノを失くすヒトも達人クラスになると、どうもそうでないらしい。
うちの七歳の長女の場合は、週に二度ぐらいモノを学校などに忘れてくる。その中には、幼稚園時代の緑のカーディガンのように、園内だけでなく、映画館や人形劇場などベルリンの町のいたるところで置き忘れられたにもかかわらず、けなげに戻ってきて、ついには次女への「お下がり」となったつわものもある。
 
が、どんなに探しても結局でてこなかったモノも多い。Gジャン、帽子、図書館で借りた本……。彼女のまわりに小さなブラックホールがあるのじゃないかと思うほとだ。  
長女は、親切だし明るいし、性格としては申し分ないと親ばかながら思うのだけれど…。 
で、あれこれ考えてみたところ、思い当たることがあった。自覚である。長女はモノを失くしたことすら、ときどきわかっていないのである。ランドセルが軽いなと思ったらノートや筆箱が入っていなかったり、やけに寒そうだなと思ったら帽子をかぶってなかったりする。そしてそれを指摘されて、はじめて「あれ?」と苦笑いを浮かべるのである。
こんなことでは先行き、困るのではないか。そう心配になって、さらに観察していると、やがてひとつの事実に気づいた。
机である。次女の小さな机は、それなりに片付いていて、しかも大切なものはとりあえずなんでも引き出しに入っている。ときに姉のネックレスなども含めて。一方、長女の机はというと、これは無残で、散らかり放題。ノートを発掘しなければ教科書が出てこないという感じである。

 つまり、だらしないのだ。いったい誰に似たものか……。
 そうだ、すべての元凶はここにあるのだ。そう思って、父親らしく説教をこころみてみたのである。
「あのね。この机はいったいなに? こんなふうにあれこれ出しっぱなしにするから、モノを失くすんだよ」
すると長女は、夢中でマンガを描いていた手をやすめ、五秒ぐらい僕の顔をながめてから言った。
「それなら、パパの机の上はどうなの?」

 

 (初出「浜松百撰」2008年4月号。一部加筆改変しました)
©Jun NASUDA2008