で、ようやくみつけて店に入ったとき、「あ、ここはあたりかも」とすぐに思った。繁盛しているのだが、掃除はちゃんと行き届いていて魚臭いことは少しもない。そしてでてきた生ニシンを一口食べて、ぶっとんだ。ドイツで生のニシンといっても、たいていは酢づけか、オイルづけでヨーグルト系のソースがつく。でも、その店のは、刺身といってもいいぐらいで、ほんの少し塩でしめてあり、付けあわせが、おろしたてのホースラディシュ。ニシンは、新鮮で身がはじけるぐらいにぴんとしていたが、脂がのっているので口の中ですっと溶けていく。僕らは、しばし恍惚感の中に浸ってしまった。
おいしいものは、人を幸せにする。彼女の機嫌もなおり、よい気分のまま、次の日に近所の蚤の市に行って、アンティークの指輪を買ってあげた。それが僕から彼女への婚約指輪になった。
人生には、そういうきっかけが必要なのかもしれない。
(このエッセイは、2009年に浜松百撰に掲載したも修正した)
©Jun NASUDA2009