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きれいなおなら

このまえ、二ノ宮知子の音楽コミック『のだめカンタービレ』を読んでいて、思わずにやりとしてしまった。主人公のピアニスト「のだめ」が、留学先のフランスで、リサイタルのために貴族の館に招待されての夕食のシーンである。のだめに、彼女のBFの指揮者千秋真一が「ここでうまいのはワインだけだぞ」と日本語でささやく。真一も、のだめもフランス語ができるという設定なので、フランス人たちの前で、二人はあえて日本語で会話したわけだ。聞かれちゃまずいようなことでも、日本語なら相手にはわかるまい…ひそひそ。
というのは、僕ら家族も、じつは居住先のドイツでよくやっている。
ベルリンの地下鉄で、つり革につかまりながら、
「まえにすわっているおじさんの髪型、見てごらん、なすのへたみたいだぞ」
「わあ、ほんとだね、パパ」
などとごく日常的に。
 

 

 

昨今、日本のマンガが大ブームで、毎月50作品も日本からの翻訳が出され、中には原書(この場合は日本のオリジナルです、もちろん)でいち早く続きが読みたいというファンのために、マンガで覚える日本語の参考書なども出版されているが、大多数の人にとって、言葉としての日本語は、まだまだマイナーである。それで、まあ、こちらでは安心して日本語を使っているわけだ。
でも、これが癖になると、ちょっとまずい。ぽろっと口に出てしまい、ときとして思わぬ失態を招くこともあるのだ。
 三月の復活祭休暇で、僕ら家族が、一時帰国したときもそうだった。
仕事と長女の学校の休みが重ならなかったので、僕は、先に三歳になる次女のAKIだけを連れて、飛行機に乗ったのである。父と子の二人旅というのはそれなりに新鮮で楽しかったのだけれど、中部国際空港で預けたトランクを待っていると、数メートル先でプーと高らかな音が響いて……。
 

 

 

すると、娘がベルリンにいるときのいつもの調子で、大声でひとこと。
「パパ、きれいなおならで良かったねえ」
 同じ飛行機で戻ってきた人々がいっせいに振り向かれ、
思わず赤面しながら「パ、パパじゃないよ、ばかだな」と言い返したが、こういう状況だと、弁明すればするほど苦しくなる。
 娘は日本語が通じたのに喜んで、
「パパのおならは、そんなにくさくないんだよ」
などと、よけいなことを近くのおばさんに説明したりしている。
「お、俺じゃねえてば」
とつぶやいて、コンベアのほうを見るが、こういうときに限って、荷物はなかなか出てこないものである。
 

(このエッセイは浜松百撰に掲載したもの。浜松百撰のご好意により再掲載させてもらっています。)