「お風呂が怖い」 2005年5月9日の日記より
今日は一日、体調がすぐれずPCに向かって数行原稿を書いては、「あーだめだな」と寝室に戻ってごろりという感じで、あっという間に子どもの帰宅時間と相成ってしまった。どうやら奥さんに風邪をうつされたようである。 もっとも青熊の場合、なかなか寝込むまでにはいたらない。(なんとやらは風邪をひかない、のくちか)今回もなんとなくこのまま乗り切りそうである。 ただ、ちょうどいま長編小説(「一億百万光年先に住むウサギ」でしたね。結局、完成したのは年明けで、刊行は6月だった。)に取りかかっているのだけれど、体調がイマイチだとなかなか集中できず仕事のほうはあまりはかどらなかった。まあ、こういう日もあるでしょう。 夕食をすませ、子どもたちと遊んでから風呂にいれ、今、奥さんが寝かしつけに子ども部屋に入ったところ。午後8時5分過ぎ。今日はこのまま2、3メールをうってから寝ちまいましょうと思っている。読みかけの本もあることだし……。 ところで、また子育ての話で恐縮だけれど、青熊一家はこの一週間ぐらい下の子の風呂騒動で、夕食後にもうひとヤマあった。それまで風呂は大好きで、入れたらいいが出すほうに苦労していたのだけれど、突然に「ナイン!(いや)」と叫びだしたのだ。 この子の場合言葉はまだ片言で、感情表現はドイツ語である。こうなるときかん気の強い娘だから、服を脱がすのもたいへんで、ふたりがかりで強引にしても一瞬のすきをついてオムツ一枚で脱出し、家じゅうを逃げまわることになる。追いかけまわして、なんとかつかまえいれようとすると風呂場で号泣。タイル貼りのバスルームだから泣き声の反響もすさまじく、アパートの中庭じゅうに聞こえたのはまちがいない。それが毎日続いたので、あそこは幼児虐待している、なんていう噂がそのうち飛ぶのではとびくびくしていたぐらいだった。
| そこで、どうして風呂がいやなのかを理由をじっくりきいてみようじゃないかと緊急青熊会議を招集して、4歳の上の娘を通訳に立て、二歳になったばかり次女をなるべく刺激しないように問いかけてみたのである。するとわあわあだあだあ、ナイン、やーという姉妹の応酬のあとで、「こわいんだよ」と長女が青熊たちに教えてくれたのである。
「怖い?」
青熊は一瞬お化けでもでるのかと思ってぞっとした。なにしろ我が家は築105年目である。水周りやそのほかの設備は新しいが、天井とか壁のすきまとかになにかがひそんでいてもおかしくはない。「でるの?」奥さんもいやそうな顔をしている。
中年と呼ばれる年月まで生きてきて曇ってしまった目には見えないものが、純な子どもの目には見えるのかもしれない。そう思っていると、「そうじゃないよ、ただ、水が怖いの」と長女がまた通訳して教えてくれた。
「水が怖い?」
青熊は奥さんと思わず顔を見合わせた。「それって…」 「なに?」 「狂犬病かも」
青熊はオオカミの小説を書いたので、そのあたりのことは一通り詳しくなっているのである。狂犬病にかかったオオカミは水を恐れるため、狂犬病は恐水病とも呼ばれるのだ。
| だが、青熊のその心配は、奥さんの「ば」と「か」という短いセンテンスによって否定され、「もしかして皮膚病かも。お風呂に入るとしみるのかもね」と奥さんは瑛を裸にしてさっそく点検をしてみた。でも、きれいなものである。うーん、首をひねっていると、その当人が、おむつをふりふり、ひとりでのこのこ風呂場に行き、棚の上を指差すのである。そこにあったのは…「おまる」 どうも、下の娘は、おむつをはずして風呂に入ると、急にもよおす。でも、自分のつかっている風呂の中でおしっこをもらすのはまっぴらだ。ということでお風呂ストライキをしていたらしいのだ。衛生観念の芽生えというか自尊心のめばえというやつかもしれない。その解決策がおまるだった。したくなったらそこにすわれるよういつでも準備しておけという。上の子がおむつがはずれたのは三歳になるかならないかで、まだトイレトレーニングなんて一年も先と考えていたので、油断であった。
この二歳の次女も幼稚園に通っていて、同じクラスの歳が少しの上の子たちがおまるをつかっているのを見ているせいだろう。
ともかくその夜から、したくなったらいつでもどおぞーと風呂場に「おまる」を用意してやったら、嬉々として再び風呂に入るようになった。そしてまた長風呂が始まったのである。 「ねえ、もうそろそろでましょうよ」 「ナイン!」
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