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「りんごのウサギ」


  近頃、わが家の食卓ではりんごのウサギが大人気である。一応、うちでは食事のしたくは基本的には僕が担当している。そうなったいきさつはさまざまな理由があるが、つまりは結婚以来の長年の習慣になってしまっていて、なかなか脱出できない。もっとも、作るのはきらいじゃないし、気分転換にもなるので、まあいいかと思っているせいもあるのかもしれない。
  ところで、主婦にせよ、主夫にせよ、日々の台所に立つ人にとって、一番の頭を悩ませるのは結局のところなにを食べさせるか、ではなかろうか。
  たまに食事を作ろうということなら、「よし、今日はよいラム肉が入ったから、ラムチャップにしよう」などと気合も入る。でも、毎日のことになると、「うーん、一昨日はハンバーグだったし、昨日の魚のホイル焼きは不評だったからなあ、なにがいいかなあ」とあれこれ頭を悩ませて、奥さんに「おーい、今日はなにが食べたい」ときく。で、答えはいつも一緒。「なんでもいいよ」
  もう腹が立つ。
  それに雨降りで、寒かったりすると買い物もいくのも面倒だ。ということで、冷凍庫に作り置きしておいたミートソースを使うことにして、スパゲティをゆではじめる。

  あらかた準備が整った頃、娘たちが台所をのぞきにきて「またスパゲティ?」と文句をいって立ち去っていく。むっとするが、ここでくじけたら負けである。
  そこでなんとか食卓をもりあげようと思いついたのが、りんごのウサギだった。りんごの皮の部分をちょっと残してウサギの耳にする、れいのやつだ。
  これは子どもたちにかなり受けて、以来たびたび食卓に出している。
  三歳になる次女が、食事中にりんごのウサギで、「ほら、おしりぶりぶり」などといって遊びだし、六歳の長女が隣でげらげら笑っている。
  調子に乗って、僕が横から「ほら、パパウサギもやってきて、おならもブー」などといったりすると、
「もうやめてよ、パパ」
と、奥さんと長女に怒られ、次女にも舌足らずのドイツ語で、

「Du bist weg(パパ、あっちに行ってよ)」
とやられる。
  このあたりの兼ね合いが難しい。
  落ち込んでいるとき、さらに料理を残されたりすると疲れがどーんと出る。二度と食事なんてつくるものかと思う。ピザでも取ればいいのさ、ふん。
 

  でも、翌朝になって長女から、学校のお弁当(昼は、学童保育のほうで給食が出るので、これは午前中の十時ぐらいに食べる簡単なブランチみたいなもの)に「りんごのウサギをいれてね」など言われると、しょうがないなあと台所に立ったりするのである。
りんごのウサギでなんとかなるというのも、とりあえず幸せなのかもしれない。

(初出「浜松百撰」2006年12月号より)
©Jun NASUDA2006