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 「冷めたコーヒーなんて」 

 

 先日、東京の吉祥寺で、おでんをつつきながら、久しぶりに兄と飲んだのだけれど、この日本酒の熱燗っていうのはやはりうまい。個人的には、日本酒よりはワインのほうが好きだけれど、熱燗だけはときどき飲みたくなる。                     

 疲れたときに、店に入って熱いのをきゅっとやる。「やー、生きていて良かったな」と思う。

良い酒なら燗をつけたものは、冷えても味がまるくなってそれなりにおいしい。「燗冷ましの酒のような」というとネガティブな意味で使うけれど、それほどひどいもんじゃない。

 ところでドイツにも同じようなkalter Kaffee「冷めたコーヒー」という表現がある。日本の「燗冷まし」と同じように「まずい、つまらない、つきなみ」という意味で使われるのだ。

 たとえば「あいつの話はいつも、冷めたコーヒーだからね」みたいに。

 

 以前にこのコラムでも書いたと思うけど、ドイツではアイスコーヒーといって注文すると、上にアイスクリームがのっかったいわゆるコーヒー・フロートが出てくる。日本風のアイスコーヒーというのはまずおいていない。

で、どうしても日本風のアイスコーヒーが飲みたかったら、冷めたいコーヒーという意味で「カルター・カフェ・ビッテ」と言わなければならないのだが…。

 たいていの店では、ウエイトレスに「はっ?」と聞き返される。へたすると叱られたりする。この「冷めたコーヒー」の言い回しを避けようと思って、以前に一度「アイスコーヒーのアイス抜きで」と注文して、爆笑されたこともある。なかなかに難しい。

 しかも僕は、コーヒーなら、ホットよりもむしろアイスのほうが好きなぐらいで、ベルリンでも、家にいるときは、コーヒーを半分はホットで、残りは冷えるのを待って飲んでいる。

 これも酒と同じで、よい豆のものをちゃんといれれば、コーヒーは冷めてもうまいのである。

でも、うちの奥さんは少女の頃からドイツにいるせいか、結婚当初は、冷ましておいたコーヒーを何度も捨てられて、文句を言うと「げっ 冷めたコーヒーを飲むなんて」とあきれられたものだ。今でもほんとうのところは納得していないらしく、ついこの前も、僕が小さなコーヒーポットを買おうかと悩んでいたら、「これを使えば?」と小さな保温器をくれた。

ローソクでカップごと温めることができる陶製のすぐれもので、可愛いのでけっこう気に入って使っているのだが…。

これじゃ、いつまでたっても冷めたコーヒーは飲めない。

 

初出「浜松百撰」2008年2月